2009年1月8日木曜日
ついに犠牲者が出たポルシェによるフォルクスワーゲンの買収劇
「ドイツのウォーレン・バフェット」の異名を取るアドルフ・マークルが昨日、列車に飛び込み自殺しました。
アドルフ・マークルはドイツのコングロマリット、VEMのオーナーです。彼が自殺した直接の原因は去年の10月にポルシェがフォルクスワーゲンの株式を買い占めたと発表した事件でフォルクスワーゲン株が暴騰し、フォルクスワーゲンにショートを振っていた彼が大損を蒙ったことによります。
マークルがこのトレードで蒙った損害は2億ユーロ程度だと報道されていますが、去年のマークルの財産は92億ドルと試算されているので「資金繰り困難を苦に自殺したと言うよりは今回の事件を深く恥かしく思い自殺に至ったのではないか?」と心理学者はコメントしています。
事件の発端は10月26日にポルシェが「フォルクスワーゲンの株式の43%を取得した。それに加えて32%の株式をデリバティブ契約により確保している」と発表したことにあります。フォルクスワーゲンの浮動玉が空売り残高より少ないため、「世界不況で自動車会社の業績も悪くなるに違いない」というマクロ経済的な見地からフォルクスワーゲンに空売りをかけた投資家は慌てて買い戻しをかける羽目に陥ったのです。
しかし、、、
この事件には腑に落ちない部分も多々あります。
先ず今回の踏み上げ相場ではアドルフ・マークルの他にもグレンビュー・キャピタル、グリーンライト・キャピタル、マーシャル・ウエイスなど、錚々たる大手ヘッジファンドが逆を突かれたと報じられています。通常、それらのヘッジファンドはショートした株が何者かによってアグレッシブに買い集められている気配を察すれば、どんなにファンダメンタルズの見地から売りたくても空売りは控えるものです。
しかしフォルクスワーゲンには玉集めに遭っている兆候はほとんどありませんでした。
フォルクスワーゲン株の「取り組み(=空売り残高の比率)」が絶望的に逼迫していると投資家が判断した最大の原因はポルシェの発表のうち「それに加えて32%の株式をデリバティブ契約により確保している」と付け足した部分にあります。
ここで言うデリバティブ契約とはエクイティー・スワップ(=CFD取引のようなもの)を指しますが、この付け足しコメントは余りフェアじゃない気がします。
なぜなら通常、そのようなデリバティブ契約は10倍か、それ以上のレバレッジがかけられるからです。するとポルシェはフォルクスワーゲン株の32%を取得する権利、言ってみれば「手付金」を払ったに過ぎないわけで、実際、その32%株式を現引きする支払い能力があったのかどうかは議論を尽くす余地がある問題です。(=昨今のクレジット・クランチの折、現引きに必要なお金を融通する銀行が続々名乗り出るとは思いません。細かい議論になりますが、実際に現引きする際の融資の掛け目はエクイティー・スワップ契約のレバレッジ比率より大幅に低くなります。)
すると本来、確実に自分が履行するかどうかわからないオプションの存在をニュース・リリースで喧伝して回るというのは悪意が無かったとしても少し軽はずみ過ぎます。
しかもエクイティー・スワップの場合、そのスワップ契約の当事者に株主投票権があるかどうかは極めてグレーな部分であり、冷静に考えれば未だ原株を所有していないものを「権利だけは持っている」と発表するのはマニュピュラティブ(市場操作的)であると断定されても仕方ありません。
さらに腑に落ちない点として、エクイティー・スワップを提供した側の金融機関(複数の金融機関が関与している可能性もあります)はたぶんスワップ・ポジションのカバー(=ヘッジ)をしていないか、若しくは部分的ないしはシンセティック(合成的)にしかやっていなかったのではないか?という疑問が生ずる点です。若しちゃんとカバーしに行ったのであれば、これだけのポジションなら原資産の価格形成に全く影響を与えず、他の市場参加者に察知されることなくフル・カバーすることは至難の業です。
その場合、自ずとポルシェと、エクイティー・スワップを提供した金融機関の側ではじめから「当面、現引きは、やらない」という暗黙の了解のようなものがあったのではないか?という疑惑が出ます。飛び込み自殺者まで出した今回の事件で、スワップを提供した金融機関から「あの取引で損した」というコメントがぜんぜん出ないのはどう考えても不自然です。
フォルクスワーゲンの株価は:
発表前: 210ユーロ
発表後最高値: 1000ユーロ以上
現在: 285ユーロ
と「行って来い」になっており、しかもアドルフ・マークルが飛び込み自殺したのと同じ日にポルシェは「フォルクスワーゲンの持ち株比率を43%から50.8%に引き上げた」とコメントしています。
つまり結局のところポルシェは7.8%を買い増し(=つまり現引き)しただけなのです。この現引きが株価が落ち着きを取り戻してエクイティー・スワップのライター(この場合金融機関)が原株の調達に困らない状況になったときを見計らって行われたことはアドルフ・マークルにとっては恥の上塗りというかとてもプライドを傷つけられる、残酷な発表だった気がします。
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