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2009年8月25日火曜日

ゴールドマン・サックスは特定の顧客だけを優遇しているのか?

「ゴールドマン・サックスは上得意のお客さんだけ耳打ちしている」と題された大きな記事がウォール・ストリート・ジャーナルに出ました。

なるほど記事を読むと、さもゴールドマン・サックスが悪い事をしているように読めるのですけど、これはチョッとWSJの記者が勘違いしている部分があると思います。

記事ではゴールドマンのアナリストがジャナス・グループのレーティングを「中立」にしているにもかかわらず、一部のトレーダーとのミーティングで「この株はたぶん騰がる」と言ったと指摘しています。

翌日、株式調査部の社員が同じ内容のことを上得意の50社程度の顧客だけに電話して回ったのだそうです。その中にはシタデルとかSACのような大口顧客も含まれています。

このようなインフォーマルなトレーダーとのミーティングのことをゴールドマンでは「トレーディング・ハドル(トレーダーの集会)」と称しており、毎週、それは開かれるのだそうです。

そこでは決算に絡めて騰がりそうな株や急落しそうな株がディスカッションされます。ウォール・ストリート・ジャーナルはゴールドマンが顧客に配布する正式なリサーチ・レポートに書かれた内容と「トレーディング・ハドル」で話し合われる内容が必ずしも一致していないし、一斉に全ての顧客にそれが伝えられない点を問題視しています。

これに対してゴールドマンのスポークスマンは「トレーディング・ハドル」はMarket color、つまり相場の機微について打診しようとする試みであり、別に正式に出されたリサーチと食い違っているとは思わないとコメントしています。

ドットコム・バブルが弾けた後、当時のニューヨーク州の司法長官をしていたエリオット・スピッツアーが大手証券会社と株式リサーチに関する示談をし、証券会社10社が総額14億ドルの罰金を払わされた事例がありました。

その際、「アナリストは首尾一貫したアドバイスをする必要があるし、顧客の大小にかかわらず、公平にそのアドバイスが行き渡るようにしなければならない」ということが決められています。それに照らすと、あたかもゴールドマンが悪事を働いているような印象を受けるわけです。

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以上が記事の概略なのですが、この記事を読んでいて、僕の頭の中にはいろいろなことが思い浮かびました。

先ずゴールドマンの「トレーディング・ハドル」に類するカジュアルなミーティングはどこの投資銀行にもあります。

僕の勤めていた会社ではそのミーティングのことを「タイムアウト(作戦タイム)」と呼んでいました。具体的には朝会でアナリストが喋った内容を一斉に顧客に伝えた後、営業部長が朝の10時頃に両手で大きな「Tの字」を作ってミーティングを招集するのです。

すると機関投資家担当営業マンやセールストレーダーはトレーディング・ルームの真ん中に集まって「What’s working?」、つまり今日のリサーチ・コールの中で何が顧客にウケたか?そしてどのコールは顧客の失笑を買ったか?さらに実際に注文につながったのはどの材料だったか?というフィードバックを出しあうのです。

中には顧客から有難がられる、タイムリーなコールもありますが、大部分は顧客の嘲笑、愚弄、罵声を浴びるようなピンボケのコールばかりです。

すると営業部長がウケの悪かったコールをしたアナリストをトレーディング・ルームに呼びつけます。そのアナリストはみんなから吊るし上げにされるのです。

「このボケ!おまえのコールはぜんぜん当たらないじゃないかっ。それからお前の主張していたあの部分に関しては顧客から反論が寄せられているぞ。」

という感じです。アナリストは自分の言葉が足らなかった部分を補足したり、釈明したり、また顧客からのフィードバックをもとに自分の結論を微調整したりするわけです。

また午後には別の「タイムアウト」があり、アナリストがチョッと耳にしたこと、まだ正式なリサーチ・コールにはしていないけど、トレーダーに伝えておきたいニュアンスなどをインフォーマルにディスカッションしました。

こうやってアナリストが自分の考えを、よりマーケットの近くに居る、トレーダーなどに「打診する」ことは、アナリストが自分の考えを練り上げてゆく上で必要なプロセスなのです。

ウォール・ストリート・ジャーナルの記事はまるでゴールドマンのアナリストは判断の間違いをすることはなく、彼の耳打ちは常に聞くに値すると決めてかかっていますが、それは現実とはかけ離れています。

実際にはゴールドマンの株式調査部はインスティチューショナル・インベスター誌などのランキングではギリギリでトップ10に入れるかどうかの位置につけており、もっと有り体に言えば「下から数えた方が早い」のです。

さらに言えば機関投資家が求めているのは「買い」か「売り」かという結論ではなく、ニュアンスであったり、データポイントであったり、収益モデルの構築の際、前提条件として使用している仮定がどうなっているか?ということなのです。言い換えれば証券会社のアナリストのリサーチをアンバンドリング(=ばらばらに分解)して、自分の知りたい部分だけを「良いとこ取り」することを顧客は求めているのです。


まとめると「トレーディング・ハドル」に類するミーティングはどこの証券会社でもやっています。

そしてゴールドマンのコールだから常にマーケットを動かす力があると考えるのはWSJの記者の考えが浅いと思います。ゴールドマンにも「相場を作れない」アナリストは掃いて捨てるほど居ます。だからこそ、本番で大きなズッコケをしないためにインフォーマルなミーティングをサウンディング・ボードに使うのです。

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