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2009年11月12日木曜日

Doers Vs. Sayers 勝間和代のリフレ策を擁護する






“What is fame? The advantage of being known by people of whom you yourself know nothing, and for whom you care as little.”
「名声とはなにか?それはあなたがぜんぜん知らない赤の他人で、なおかつドーデモ良いと思っている連中から認められることから生じるさまざまなご利益のことだ。」
ロード・バイロン
たまにはカクチョー高くはじめてみたいと思い、格言を引用しました。
さて、勝間現象です。
思うにブロゴスフェアーで勝間和代のリフレ提言がいろいろ話題になっているのは、理論の面から彼女に反対するというより、(この盛り上がりに便乗して、自分のPVもアップしたろ!)という魂胆からみんながコメントを寄せているからではないでしょうか?
「或る朝、起きてみたら、みんな経済学者になっていた」みたいな。
で、そういう人々は精緻な理論で勝間を擁護したり貶したりしているわけです。
僕は経済学を学校で正式に勉強したことはありません。だから無知。
でも実学では結構、使ったという自負はあります。
僕のアメリカでの最初の上司はCJローレンス出身で、エド・ハイマンの「一味」でした。最初のリサーチ・ディレクターはスーザンという女性ですが、彼女の旦那はアライアンス・キャピタルのチーフ・エコノミストでした。このご両人にはお世話になりました。
元NY連銀総裁のトニー・ソロモンの月例お食事会の世話人としてコーポレート・ダイニングの手配をしたり、招待状を出したりもしました。
さらにリサーチ・リエゾンとして自社エコノミストの見解を米国株式営業隊全体に伝える仕事をしていた関係で、現在、アライアンス・バーンスタインのエコノミストをしているジョー・カールソン、JPモルガンのチーフ・エコノミストのブルース・カズマンなどとは毎日打ち合わせしました。
つまり「見よう見まね」で経済の事を勉強したのです。
その僕の拙い経験から言わせて貰うと、世の中にはDoers(率先実行する人)とSayers(机上の空論を振り回すだけの人)という二種類の人間が居る気がするのです。
で、勝間和代の「1ドル=120円の固定相場制にしてしまえ!」というアイデアは明らかにDoersの発想に属します。別の言い方をすればインベストメント・バンカー的発想ということです。
なぜなら、そういう暴論を吐くことによってstatus quo(こう着した現状)というものに働きかけ、人々のエクスペクテーションを変えてゆこうという能動的な意志を感じるからです。
それが成功するか、失敗するか、、、この是非に関しては僕にはわかりません。(高名な経済学者のお歴々はあたかも「自分は解決法を知っている!」と言わんばかりに持論をそれぞれ展開されているけど、プランは実行に移すまではわからない、、、それがマーケットというものです。)
で、こんにち我々が直面しているような状況で過去において一番効き目のあった(=英語で言うとeffective)経済政策を打ち出した人というのは高橋是清です。(上の3枚のスライドはCMCマーケッツのセミナーで使用したものです。)是清の経済政策は精緻な理論の上に構築されたものではなく、実社会の底辺を這い回った挙句、体得した知恵をバックボーンにしています
是清は皆さん日本史の教科書で読んだことのある名前だと思いますが歴代の日本の大蔵大臣の中でもエース格の人物で海外の経済学者からも評価が高いです。
彼は私生児として生まれ、養子に出され、アメリカに留学したつもりが奴隷に売られてオークランドの果樹園で重労働させられ、日本に帰ってきた後もうまい話に乗せられてペルーの銀山の開発に社長として乗り込み、いざ行ってみたら廃坑だったとか、とかく普通の日本人が経験していないような型破りな経歴を持った、スケールの大きい人です。
是清は日銀副総裁時代に日露戦争の戦費調達のため日本国初の外債発行をせよという命を受けイギリスとアメリカに出張します。しかしこれは困難を極め、是清は大西洋を渡る蒸気船の甲板で途方に暮れてしまうのです。その是清に声をかけたのが当時アメリカと欧州で最も有名な大女優、サラ・ベルナールです。それで是清は勇気づけられ、ニューヨークの投資銀行、クーン・ローブ商会のジェイコブ・シーフに会いにゆきます。
シーフは当時JPモルガンと金融界を二分した大物です。JPモルガンがアングロサクソンであるのに対してクーン・ローブ商会はユダヤ系の投資銀行ということでこの2つの会社はライバルだったのです。ジャコブ・シーフはインベストメント・バンカーとしての眼力はJPモルガン同等か、それ以上だったと思います。シーフは是清の人物に惚れて日本国債を引き受けます。
なおこの日本国債の案件は最初はみんなびびって誰も引き受けようとはしなかったのですが、ジェイコブ・シーフが買ったというニュースを聞いて強弱観が一変し、猛烈なラリーになります。
この徹底的にアンチ・エリートな高橋是清が1930年代の大恐慌の時、講じた一連の緊急措置(当時も「ハチャメチャだ」という批判がありました)が大成功して、日本は世界で最も早く、最も力強く立ち直ったのです。その一連の緊急措置は「是清レシピー」という名前がつけられて、欧米の経済学者の間でも詳細に研究されています。現在のFRB議長はベン・バーナンキですが、彼はもともとプリンストン大学経済学部学長で、大恐慌研究の権威であり、当然、是清レシピーの信奉者であります。(二人の風貌が似ているのは偶然?)

是清は「ケインズよりも早くケインジアン的な発想を実行に移した人」と評されています。具体的には柔軟な財政出動が出来るように即座に金本位制度を離脱しました。1931年のことです。
次に為替を思い切り円安に導き日本の輸出競争力を回復しました。上のグラフで1931年以降、すぐに貿易が回復していることに注目して下さい。
さらに赤字国債を発行し、それもマネーサプライがどんどん増えるよう、大蔵省と日銀の間で国債を引き受けあうという手の込んだトリックを使います
このような是清のレシピーは「時代を先取りしていた」と同時に「誰がやってもこういう解決法に帰着する」という、いわばデフォルト的選択肢であるとも言えます。

翻って現在、バーナンキ議長がやっていることを見ると、金融緩和、ドル安政策、財務省証券をFRBが買い取るなど、手口が酷似しているのに気がつくと思うのです。

1931年の12月に日本が金本位制を離脱すると各国がそれに続きました。アメリカは最後まで金本位制を維持していましたがフランクリン・ルーズベルト大統領が就任した1933年に金本位制を離脱します。これを機に当時の代表的な金鉱株であるホームステイク・マイニングの株価は急上昇するのです。
去年のリーマン・ショックのケースを見るとアメリカは即刻、高橋是清が行ったような一連の緊急措置を実行しました。1930年代の学習効果があるからです。
反面、日本は円高になっているにもかかわらず、なにもせず手をこまねいています。これは1929年から1933年まで無策のまま漂流したアメリカと酷似しています。
今回、アメリカがドル安戦略に出たということは自分の国の通貨の信用をわざと落とし競争的平価切り下げを行っているに他ならないわけですから、次におこることは上のチャートでみられるようなゴールドのラリーだとしても不思議は無いのです。
さて、勝間和代に加えて、もう2人のDoersを紹介します。
ひとりはデビッド・アインホーンです。彼はヘッジファンドのマネージャーでリーマンの崩壊で儲けた男です。普通、彼のようなヘッジファンドの連中が何かの投資ポジションを取る場合、せいぜい1年から2年で決着のつく投資アイデアにしか賭けません。なぜなら、パフォーマンスを出さないと受益者からボロクソ言われるからです。
リーマンのときも「アインホーンはあたかも明日にでもリーマンが崩壊するような言い方をするけれど、馬鹿も休み休み言え」という意見が多かったのが思い出されます。ふたを開けてみると、決着がつくのは早かった、、、。
もうひとりは一代で世界最大の独立系運用会社を築き上げたブラックロックのラリー・フィンクです。彼は「経済のこの局面では超緩和的な方策に打って出るのはごく当然のことで、バブルはどこにもおきていない。いま、アメリカなどがやっていることは正しい。」と言っています。
僕ですか?
僕は学者先生の意見はどうでもいいと思っています。実際に身銭を切って物事を考えている連中、つまりDoersの言う事だけに耳を傾けたいと思います。

1 件のコメント:

年金 さんのコメント...

経済学者というか、自称経済学者や自称エコノミストのαブロガーの人たちが経済学風の珍説を披露しているだけでしょう。

ブログやってる経済学者の人たちは勝間氏の活動をちゃんと評価してますよ。
http://d.hatena.ne.jp/koiti_yano/20091109/p1
http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20091109
http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20091111