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2009年9月15日火曜日

アメリカ人から見たドル安

「国が違えばこれほど通貨に対する考え方も違うものなのか」と実感します。

日本の方は「アメリカ崩壊論」的な考えからドルに対し不安を感じる人が多いと思います。(その理屈は僕にもわかります。)

一方、アメリカ人からすると今のドル安はキャリートレード、つまり金利の低いアメリカで資金を調達し、より有利な海外の投資対象へとお金をシフトする、そういう投資戦略からもたらされたものだという認識になるのです。

アメリカの財政の不健全(たしかにひどい!)が最近のドル安の原因だと理由付ける向きもありますが、それは今日にはじまったことではありません。なぜここへきて俄かにドル安になったかの説明としては、したがって不十分なのです。

むしろ金融危機がある程度収まったので、非常事態に備えた、異常に高いキャッシュポジションというのは維持する必要はなくなった、、、だからお金には再び働いてもらわないと困る、、、その働いてもらう先を考えた場合、海外に持ち出した方が有利だ、、、そういう思考経路がいまのドル安の背後にあるのです。つまりリパトリエーション(資金引き揚げ)の逆だと言っても良いでしょう。これは余裕が出てきたからこそ出来る投資行動なのです。

別の言い方をすれば、アメリカと日本の競争力を比べて、日本の方がだんだん優位になっていると考える投資家が増えているから円が買われているのではないということです。

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「覇権国は強い通貨を持つべきだ。」

これはとても多くの投資家が額面通り受け入れる、ステレオタイプ的な考え方です。ある意味、現代の「都市伝説」であると言っても良いかも知れません。

しかし歴史のそれぞれの局面で覇権国となれるのは基本的にひとつの国だけであり、他の国は「その他大勢」なのです。問題はこの「その他大勢」のグループの中に或る国、例えば日本が放り込まれたとき、その国にとって合理的な通貨政策はどのようなものか?ということです

覇権国になれるということは特別の事なのです。

こういう喩えは適切でないかも知れないけど、例えば「東大に合格する」というのと似ています。
いま、学生さんの中には優秀な人も居れば、勉強以外の事が得意な人も大勢います。
「通貨は強い方が良いに決まっている」というのは、だから「東大を目指した方が良いに決まっている」という議論と同じで、正論だけど大雑把すぎるのです。

「それじゃ、東大に入れないひとは、どうするべきか?」

これこそ多くの国がいま問題にしていることであり、同時に(不思議なことですが)日本における通貨論議から決定的に欠落している視点なのです。

いま、覇権を握れないのであれば、通貨高は「百害あって、一利無し」という考え方も出来ます。

日本人はほぼ100%、「将来、人民元は高くなるし、当然、中国人もそう願っている」と決め付けて疑うことをしません。しかしクールなアタマで物事を考えている中国人や優秀なチャイナ・ウォッチャーは必ずしもそういう結論に一足飛びに到達していないのです。

優秀な中国人は日本がアメリカの要求を受け入れて円高を容認したがために「戻る事の出来ない途を歩んでしまった」ことをつぶさに研究しています。「強国の通貨は高い」というのはアメリカに入れ知恵された、洗脳された日本人の考えることであり、1980年代にだけ通用した、団塊の世代の価値観なのです。

事実としては通貨高になると不都合なことはどんどん増えます。とりわけ輸出型経済の国では雇用創出能力に直接響いてきます。

僕の考えでは中国政府が最も「ここを突かれると、弱い」と感じている問題は雇用水準の維持です。その場合:

①今後、その気になれば中国という国を強い通貨の国へと導くこともできるし
②いまはそのカードは未だ切らない方が得策だ

という選択肢を留保したままにする方が賢いやり方なのです。これは企業戦略論などで言うところのオプショナリティーの考え方です。

中国はオプショナリティーを温存しているから強い立場にあるのであり、日本はオプショナリティーの温存ということを考えなかったがために足許をみられているのです。

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