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2009年11月23日月曜日

ロスチャイルド帝国の近況

ロスチャイルドというのは金融に携わる者には浪漫的なブランド・ネームです。

しかし投資銀行の世界に入って僕が気付いたことは、ロスチャイルドの事業規模、世界のビッグビジネスや政府に対する影響力がいかに小さいかということです。

「ロスチャイルドの陰謀」の類のタイトルを本につけると一定の読者層が居るため、日本では「ロスチャイルドもの」の本が沢山出ています。

しかしその大半は業界を知らない外部者が書いた駄本です。

そんなわけで日本ではロスチャイルドという名前がLarger than life、つまり「等身大以上」に誇大に理解されてしまっているのです。

でも僕はロスチャイルドのビジネス展開にはとても興味をそそられるし、最初に書いたように浪漫を感じます。いや、むしろ小さい事業規模のままで頑なに伝統を維持することの方がスケールを追及するより良いとすら感じます。

さて、今日のウォール・ストリート・ジャーナルにロスチャイルドの近況が報じられていました。個人的にとても興味深い記事だったので抄訳しておきます。

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「ロスチャイルド会長は家族経営に専心する 金融危機を通してロスチャイルドのマーチャント・バンク的な特化戦略は競争優位をもたらした」 記者:パット・ウィートクロフト


ロスチャイルドは現在も生きながらえている銀行界の王朝である。
「我々はフランス政府による国有化も、世界大戦も、ナチスによる迫害も耐え、サバイバルしてきた」バロン・デビッド・ロスチャイルドはそう語った。

彼は現在彼が采配を振るっているNMロスチャイルド&サンズが今後もずっと存続するための方策を考えている。そして他の金融界の王朝がどんどんファミリー経営を止めるなかで、ずっとロスチャイルド家による経営を続けてゆきたいと考えている。

バロン・デビッドによると家族経営は他社との差別化を図る上で重要であり、ロスチャイルドという名前が欧州のみならず、グローバルにビジネス展開することを可能にしている。

バロン・デビッド自身は2003年からロスチャイルドの会長を務めている。この時、フランス・ロスチャイルドと英国ロスチャイルドが事業統合した。彼はロスチャイルドの名字をもって生まれてきたので、会長職を務めるのは当然かもしれないが、単にラッキーというのではなく、現場で下積みをしてきたという実績がリーダーとしての資格を付与している。

現在のロスチャイルドの帝国は19世紀初頭に確立された。ロンドンのネイサン、フランスのジェームズがその立役者である。しかしバロン・デビッドは即、経営陣に迎え入れられたのではなかった。

1982年にフランスの社会主義政府がロスチャイルド銀行を「国有化」した後、デビッドは僅か100万ドルの資本金と数名の社員をひきつれて独立した。

「そのため私は艦橋に上って采配を振るう前に長い事ボイラー室でがんばらないといけない羽目に陥った。」

でもこのビジネスの現場で、一握りの社員たちと頑張った経験が部下たちからすれば「彼がリーダーで当然だ」とうクレディビリティーをもたらしているし、自分と一緒に働くチームメンバーをバロン・デビッドが選別するとき、じっくり時間をかけ人柄を観察することの出発点となったのだ。

「同僚を信頼できない職場では安心して仕事できないからね」

「自分より優秀な奴で回りを固める、、、偏執狂的にそれにこだわらないとだめだ」

でもそれと同時にそれらの優秀なメンバーはロスチャイルドが家族経営であり、ファミリーでなければその経営権を握る事は出来ないという事実を受け入れられる人間でないといけない。

若しバロン・デビッドがこの手法で今後もやってゆくことができれば、ロスチャイルドの一族が経営権を握ることは続けられるだろう。

バロン・デビッドの息子は29歳で、社会人として良いスタートを切っているが、バロン・デビッド本人は67歳であり、仮に彼の計画通り74歳まで会長を務めたとしても未だ采配を譲るには若すぎる。

そこでバロン・デビッドはいとこのベンジャミンに中継ぎをさせることを検討している。

ベンジャミンは現在、或る程度の規模の運用会社を切り盛りしている。

「彼の運用会社は我々の資産運用部より大きいからね」

NMロスチャイルド社のM&A部門はここ数年、好調だったが、運用部門は小さいままだ。

「うちの運用部門はブランド・ネームも良いし、人材も良いのだけど、、、なぜか成長できなかった」

そこでベンジャミンのやっているLCFロスチャイルドとNMロスチャイルドを合併させ、ベンジャミンに会長職を譲るとう案が浮上しているわけだ。

NMロスチャイルドはモダンな投資銀行というよりは昔風のマーチャント・バンクだ。即ち、特定の顧客と長期的な付き合いをすることを主眼としている。そしてたまたまその長い付き合いをしている顧客がM&Aなどのアドバイスを必要としたとき、NMロスチャイルドがフィーを貰うという方法だ。

そもそもNMロスチャイルドにはアメリカの巨大投資銀行のような大きなバランスシート力は無い。しかし金融危機のときは逆にバランスシートは足枷になったので、NMロスチャイルドは有利に立ちまわることができた。

3月に発表された08年決算では他の銀行が軒並み巨大な損金を計上する中でロスチャイルドは約3割の増益を記録した。

「あとで振り返ってみると、あのときはこういう風にすべきではなかったと思う事はしばしばある。金融システム全体の崩壊は避けられたけど、向こう10年も15年にも渡って整理しないといけない債務を抱え込んだ金融機関もあるからね。」

(中略)

「ウチはバランスシートは大きくないけど、ちゃんとグローバル展開は出来ている。」

実際、NMロスチャイルドはブラジルでは昔から橋頭保を築いているし、ムンバイや中国でも事業展開している。

(中略)

バロン・デビッドはいとこのイヴリン(デビッドの前任者)と仲良しだが、上司としてのスタイルはずっと社員に親しみやすいタイプだ。「私は社員のかんしゃくを沈めることに結構時間をつかっている」

「チャーミング」という言葉は現代のインベストメント・バンカーを形容する際にもう余り使われない言葉になっているが、バロン・デビッドのエレガントな銀髪の紳士ぶりに誰もがこの言葉を使う。

「イヴリンはいつも正しい戦略を選ぶ力を持っていた。あとファミリーをひとつにまとめる力もね。そして英国の部門にフランス人の会長を据えることを奨励したのも彼だ」

「私は部下の仕事ぶりを細かく詮索したりしない。自分がどう彼らに役立つかを考えているだけだ。自分の判断力は、平均点のチョッと上程度かな。それは人物を評価したり、部下と協力して仕事をするという点でね。」

NMロスチャイルドはM&Aアドバイス、資産運用に加えて新しく3番目のビジネスをはじめた。それは他の家族経営の会社の少数株式を取得し、それらの家族経営企業にアドバイスを提供するという仕事だ。

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