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2008年11月2日日曜日

1929年のウォール・ストリート


1929年9月3日にNY市場は最高値を更新した。しかしその影ですでにかれこれもう3年近くも「隠密のベア・マーケット」が進行していたことは一般の大衆は気づかなかった。実はスローモーションの暴落は既にずっと前からはじまっていたことはそういう難しい相場環境の中でお金を損した投資家なら身をもって経験していたことだ。この日の高値がこの後、四半世紀も更新されないど天井だったと誰が気付いただろう?

9月3日と言えばレーバー・デイの週末の翌日であり、証券取引所の伝統としては、新しい、活動的な季節の始まる日である。それは証券マンにとっては「新年」にも匹敵する大事な日だ。この日のニューヨークは記録的な猛暑に見舞われたにもかかわらず、個人投資家はダウンタウンの証券会社の店頭に陣取るとどんどん売り買い注文を出した。蒸し風呂のような熱気に包まれてNY市場はエベレストの頂上を極めたのだ。

その翌日はとりたてて珍しくも無い下げ相場だった。「タイムズ」の市況欄ではウォール・ストリート番の敏腕記者であるアレキサンダー・ディナ・ノイスが次のように書いている:

先週の相場の上げピッチは余りにも早すぎるし、マネー・マーケット市場の状況に照らして行き過ぎが感じられる。このためカンカンの強気派の間でも(やりすぎだな)という感じを抱いた者が多かった。

その翌日、つまり9月5日、後日「バブソンの下げ」と語り継がれる奇妙な現象が起こった。マサチューセッツ州ウエルズレーの片田舎のフィナンシャル・アドバイザーでヤギ面をしたロジャー・バブソンという男がニュー・イングランド地方の投資家を集めた昼食会でひとつおぼえの講釈をぶっていた。「私は、去年、そして一昨年から繰り返している主張をもう一度強調したい。遅かれ早かれ、大暴落が来る!。」

バブソンの予言は皆から冷笑され、無視されてきた。いや、それどころか「あいつはチョッと頭がおかしい」とさえ思われていた。だが、この日はよほどニュースの無い日だったのだろう。なぜなら午後2時を回る頃にはバブソンのこの予言はダウジョーンズのニュース・ティッカーに乗って全米の証券会社の店頭に流されたからだ。驚いたことに株式市場はなんの躊躇も無く真っ逆さまに下落しはじめた。USスチールはこの日9ポイントも下がった。そればかりではない。ウエスチングハウスは7ポイント安、テレフォンは大引け前の怒涛のような売り物の中で6ポイント安した。引け前1時間の出来高は200万株にも達した。このバブソンのちっぽけな予言がこれだけの波紋を呼んだのはどう理屈をこねても説明が出来ない事である。でも事実としてはそれが起こってしまったのだ。

不思議なことに多くの投資家は一瞬のうちにバブソンのこの発言には「予言」に似たちからがあることを悟った。バブソンが「大暴落」という言葉を使うまではウォール街では「大暴落」という言葉を使うことはタブー視されていた。ところがバブソンがこの言葉を使ってからは誰もが当たり前のようにそれを口にし始めたのだ。

『Once in Golconda』John Brooks Chapter 5: Things Fall Apart P110-111.
(1920年代から30年代のウォール街を活写したジョン・ブルックスの美しくも哀しい古典、『むかしゴルコンダにて』を読み直しているところです。おふざけでチョッと翻訳してみました。)

3 件のコメント:

月の中で孤独 さんのコメント...

「あいつはチョッと頭がおかしい」

実態社会でもしょっちゅう言われます。
別に、『みんなと違う意見』を選んでる訳じゃないんです。
ほとんどの場合はみんなと同じ意見なんです。
ただ、みんなよりちょっと早く、『意見』が変わるだけなのです。


3ヶ月ほど前、『日銀が金利を下げそうですね』って、ローン推進課の営業の女の子に僕は言いました。(僕は完全変動金利でローン組んでます)
『??どちらかといえば、金利は上がる傾向にありますよ。』
こんなことはしょっちゅう。

けっこう寂しいものです。
まずはじめにいつも意見を否定されるのは。

踏み上げ太郎 さんのコメント...

月の中で孤独さん

いつもコメントありがとうございます。

僕と月の中で孤独さんとはなんとなく性格が似てそうですね(笑)。

月の中で孤独 さんのコメント...

踏み上げ太郎さん

がっはっは!(^^)v
そんな感じしちゃいますか?
もしかして、『あれ?、俺…間違ってるかなぁ……?』って思うことも多いですか?


もしも、イラクの兵隊さんが帰ってきてくれたら、『すけべパンティー銘柄』作戦は有効かどうかが、気になってるんですが……(笑)