ウォール街の保守的な一派の間でも「繁栄は永遠に続く」というこれまでのコンセンサスに加えて、「暴落が間近に迫っている」という新しい考え方がほんの数日間のうちに根をおろした。もちろん、バブソンの考え方は「新しい時代がはじまった」とするイエール大学のアーヴィング・フィッシャー教授らによって即座に否定された。しかしそれから数日もしないうちに「タイムズ」のノイスのコラムでは「悲惨で、経済を壊しかねない暴落の可能性」が再び論じられた。その「タイムズ」の記事では現在の状況と1907年の状況が、ある種、共通点があるとされながらも、「今回は連邦準備制度という新しい機構があるから大丈夫だし、投資信託の存在も市場の安定化につながる」と結論付けている。その一方でマーケットは神経質な動きに終始し、9月24日にはまたまた「原因不明の」急落を経験した。
10月は悲観論が台頭する中、平穏に始まった。不吉なことに信用取引残高はどんどん増加を続けた。これは新しい小口投資家が引き続き参入していることを意味していた。参加者が増えているのに、なぜ株価は上がらないのか?いや、たぶん信用取引は空売りの増加を示唆しているのでは?、、、いろいろな理由付けが飛び交った。これに加えて「空売りファンドの組成がはじまった」とか「ジェシー・リバモアが起訴された」とかいろんな根も葉もない噂が飛び交った。一方、市場はまた平静を取り戻し、10月10日頃には9月の中頃の水準まで戻した。10月15日にはチャールズ・ミッチェルがドイツからニューヨークへ向かう客船の中でインタビューに応じ(当時はこういう演出がとりわけウケた)、「市場は一般的に健全だ」と発言した。一方、アーヴィング・フィッシャーはその後、後世まで語り継がれることになる「市場は永続的な高原の状態を維持するだろう」という発言をした。
これらの発言は必ずしも市場参加者に素直に受け止められたというわけではない。このときまでにはミッチェルやフィッシャーの万年強気の発言に投資家は食傷気味だったという点が指摘できる。それでも市場はこれらの発言の後、暫く持ちこたえた。しかし19日には土曜日立会いでは過去2番目の大商いを伴いながら2時間に渡る大下げを演じた。
翌週の月曜日の立会いが始まる頃には市場が典型的な調整局面に入っていることは誰の眼にも明らかだった。マージン・コールが発生し、それが手じまい売りを誘った。その手じまい売りが更にマージン・コールを誘発するという悪循環である。「買い支えオペレーションが始まる!」という希望的な観測が取沙汰されはじめた。それはちょうど1907年の暴落のときにウォール街の巨頭たちが実施した買い支えと同じ類のものになるという観測である。「タイムズ」のノイスは市況欄で「ウォール街関係者はようやく現実を直視しはじめた。そしてこのところ流行していた新しいキャッチフレーズや政府からの救済の可能性を諦め始めた。」この意味するところは明快である。つまり株式市場に正気が戻り始めたわけだ。「新しい時代」は過去のものとなった。証券会社の店頭は以前ほど混まなくなった。フィッシャーは「投機家がふるい落とされたことは良いことだ」と発言し、ミッチェルも「市場は下げすぎている」と発言した。その日は更にマーケットは下げ、大商いでティッカー・テープは1時間45分程度ほど遅延した。しかし翌日、つまり10月22日には強い反発があった。
こうしていよいよ10月23日を迎えるのである。その日のニューヨークは穏やかな秋晴れの日だった。しかし米国中西部では降雪と嵐で惨めな天気だった。このお天気の気まぐれはちょうど「バトル・オブ・ヘイスティングス」のまぶしい日照が歴史を狂わせたのと同じようなちょっとしたエピソードを歴史の片隅に書き加えることになる。ニューヨークで株式が急落しはじめたとき、中西部での嵐が電線を切断したため多くの地域で電信が途絶えた。ウォール街の情報が入らなくなると全米各地では伝聞や憶測に基づいて、あてずっぽうの情報がひとりあるきしはじめた。投資家のパニックの兆候が現れると、それはあっという間に広がった。この日の637.5万株という出来高は歴代第2位の多さである。下落した銘柄の中にはアダムス・エクスプレスの96ポイント安、コマーシャル・ソルベンツの70ポイント安、ゼネラル・エレクトリックの20ポイント安、オーティス・エレベーターの43ポイント安、ウエスチングハウスの35ポイント安などが含まれている。この日の下げのきっかけをつくるような悪材料は特に見当たらなかった。でもこの下げを「不可思議だ」という風に考える投資家はもう居なくなった。
『Once in Golconda』 John Brooks Chapter 5: Things Fall Apart P111-113
1 件のコメント:
「今回は連邦準備制度という新しい機構があるから大丈夫だし、投資信託の存在も市場の安定化につながる」
ああ、確かFRBは資金供給量を一気に引き締めて、1929年の大暴落の引き金を引いたと言われていますよね。今回もFRBの仕業?
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