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2008年11月3日月曜日

1929年のウォール・ストリート その3

大暴落の初日、つまり10月24日は『暗黒の木曜日』と後で名付けられるわけだが、その日、英国のジャーナリスト、クロード・コバーンはグリニッジビレッジのラファイエット・ホテルに滞在していて奇妙な現象に気がついた。ホテルのカフェで大理石のテーブルについて朝食をとっていたら、同席したアメリカ人が席を立っては隅のティッカー・マシンのところへ歩み寄っていた。まだ寄り付き前だから何も株価は流れてこない筈なのだけど、その男はそわそわしていた。コバーンは異邦人なのでこの様子を第三者の立場から客観的に観察することが出来たわけだが、これだけでもその日が何か特別な日になることがたちどころに察知できた。

その日の遅い午前中に取引所の方に向けてそぞろ歩きを始めたコバーンは奇妙なことに気付いた。それは自分の向かっているのと同じ方向へ無言の群集が怒涛のような人の流れを自然に作っていたことである。コバーンがウォール街に辿り着くと、そこには既に凄い人だかりが出来ていた。しかし誰も声を荒げようとはせず、つぶやきにも似たヒソヒソした会話が聞こえる程度だった。時折、誰かがヒステリーのような高笑いをするのがシュールリアリスティックに聞こえた。

この日の昼ごろ取引所の向かいのサブトレジャリー(フェデラル・ホールのこと)の前で取られた写真を見ると階段に所狭しと並んだ群衆が、なにかの記念撮影のように皆、真正面の取引所の方を向いて虚ろなまなざしを向けている様子がわかる。その表情からは興奮や癇癪や憤懣は看て取れない。そこにあるのは釣上げられた魚が横たわったまま投げる視線だ。

『Once in Golconda』 John Brooks Chapter 6: Enter the White Knight

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