
その日の遅い午前中に取引所の方に向けてそぞろ歩きを始めたコバーンは奇妙なことに気付いた。それは自分の向かっているのと同じ方向へ無言の群集が怒涛のような人の流れを自然に作っていたことである。コバーンがウォール街に辿り着くと、そこには既に凄い人だかりが出来ていた。しかし誰も声を荒げようとはせず、つぶやきにも似たヒソヒソした会話が聞こえる程度だった。時折、誰かがヒステリーのような高笑いをするのがシュールリアリスティックに聞こえた。
この日の昼ごろ取引所の向かいのサブトレジャリー(フェデラル・ホールのこと)の前で取られた写真を見ると階段に所狭しと並んだ群衆が、なにかの記念撮影のように皆、真正面の取引所の方を向いて虚ろなまなざしを向けている様子がわかる。その表情からは興奮や癇癪や憤懣は看て取れない。そこにあるのは釣上げられた魚が横たわったまま投げる視線だ。
『Once in Golconda』 John Brooks Chapter 6: Enter the White Knight
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